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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)517号 判決

原告

岡田誠

右訴訟代理人弁護士

福永滋

滝田誠一

上野泰史

被告

株式会社シーアールシー総合研究所

右代表者代表取締役

高原友生

右訴訟代理人弁護士

平岩新吾

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二〇五万〇三〇〇円及びこれに対する平成六年三月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実

1  被告は、電子計算機システムによる情報処理、ソフトウェアの開発・販売・コンサルタント等を業とする株式会社である。(争いがない)

2  原告は、昭和五五年一〇月一日、被告に期限の定めなく雇用され、以後当時の名古屋営業所(現在の名古屋支社)において、営業、ソフトウェア開発、システムの運用業務等に従事していたが、平成五年一〇月一日付で同月末日をもって退職したい旨の退職願を被告宛提出し、同月三一日被告を退職した(以下「本件退職」という)。(争いがない)

3  被告の退職年金支給規程(以下「規程」という)によれば、被告の勧奨による退職の場合、原告に支払われる退職一時金は、左記計算式〈1〉のとおり、三八三万六九九〇円であるが、自己の都合により被告の承認を得て退職する場合に支払われる退職一時金は、左記計算式〈2〉のとおり、一七八万六六九〇円となる。(争いがない)

(計算式〈1〉)

基本給月額 勤続年数に応じた乗率 退職一時金額

二九万二九〇〇円×一三・一=三八三万六九九〇円

(計算式〈2〉)

基本給月額 勤続年数に応じた乗率 退職一時金額

二九万二九〇〇円×六・一=一七八万六六九〇円

4  被告は、原告に対し、本件退職による退職一時金として、平成五年一一月一五日に五三万三〇七八円、同月二六日に一二四万一九〇〇円、平成七年二月二〇日に一万一七一二円の合計一七八万六六九〇円を支払った。(争いがない)

二  争点

1  原告の主張

(一) 被告名古屋支社では、平成四年ころから業績が悪化し受注量が減少してきたことから、平成五年九月ころ、原告に対し、業績悪化を理由として自宅通勤不可能な子会社への出向か退職かの二者択一を迫った。

そこで原告は、やむなく被告宛に退職願いを提出したのであるから、本件退職は規程にいう被告の勧奨退職であることは明らかである。

(二) よって、原告は、被告に対し、規程に基づき、被告の勧奨による退職金三八三万六九九〇円から支払ずみの一七八万六六九〇円を控除した内金として二〇五万〇三〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年三月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(一) 本件退職は勧奨による退職ではなく、原告の自己都合による退職に該当する。

(二) 規程にいう「会社の勧奨により退職する場合」とは、従業員の能力、性格、健康状態、高齢等の個人的事情により、あるいは被告の経営状況による人員削減等の被告側の事情により、従業員に対し、解雇という手段を選ばず任意に自ら退職するようその決意を固めさせる目的をもって退職を勧め、その結果従業員がこれに応じて退職する場合を指す。

被告は、原告に対し、どこまでもシーアールシーシステム株式会社大阪支店への出向を求めたのであって退職を求めたものではないから、本件は「会社の勧奨により退職する場合」にはあたらない。

第三争点に対する判断

一1  前記前提となる事実に、(証拠略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和三三年一一月に設立された、資本金一七億九五七五万円、平成五年三月時の年間売上約二一三億円、平成五年四月現在の従業員約九四〇名の電子計算機システムによる情報処理、ソフトウェアの開発・販売、コンサルタント等を業とする株式会社である。

被告の業務は、科学システム事業部門、情報システム事業部門、社会システム事業部門の三事業からなり、幕張開発センタ、多摩研究センタ、熊本開発センタ、西日本支社、名古屋支社、東北支社のほか国内に二支店(いばらき、北海道)、四事務所(青森、京都、広島、福岡)、海外に三事務所(アメリカ、ソウル、パリ)を有し、子会社グループ全体では平成五年四月現在で約一五〇〇名の従業員を擁している。

(二) 名古屋支社は、科学システム課、情報システム課からなり、平成五年一〇月一日現在板野弘支社長以下一一名で、中部地区における科学技術分野、シンクタンク、システム開発などの営業・生産拠点として活動し、原告は情報システム課において、営業、ソフトウェア開発、システム運用業務を担当し、本件退職前約一年間は庶務関係の業務にも従事した。

情報システム課は、平成五年一〇月一日現在鈴木達男課長以下六名からなり、原告を除く各人の担当業務は、鈴木達男課長が情報システム課の管理及び営業、青木隆憲及び坂本卓也がいずれもシステム開発業務及び営業、東地晃がシステム開発業務、運用業務及び営業、石黒哲也が坂本卓也及び東地晃の右業務の補佐であった。

(三) 名古屋支社においては、従来同支社情報システム課が主に受注していたシステム運用業務を顧客が外注しなくなってきたという時代の変化から、同支社の運用業務が減少してきたため、平成四年度からはシステム開発業務の営業に重点をおいて情報システム課の運営を行ってきたが、新規のシステム開発業務が受注できず、また平成三年五月ころをピークとしたいわゆるバブル崩壊の影響もあり、名古屋支社、特に情報システム課の業績は悪化し、同支社一丸となっての営業努力にも拘らず業績の好転はみられなかった。

このため、被告は、長期化する業績不振に対処するためには通常の経営努力では不可能と判断し、やむを得ず名古屋支社内のリストラの実施に踏み切ることを決断し、平成五年二月に情報システム課の中西正幸を被告西日本支社(大阪市中央区所在)に転勤させ(後に子会社へ出向)、更に同年八月三〇日、板野弘支社長は原告に対し、同年一〇月一日付でのシーアールシーシステム株式会社大阪支店への出向を内示し、同時に情報システム課の石黒哲也に対しても被告の熊本公共システム部への配転を内示した。

原告に内示された出向先のシーアルシーシステム株式会社は、昭和五九年一〇月、被告内のシステム運用業務とデータエントリ業務を分離独立して設立した被告全額出資の子会社であり、東京都中央区に本店、大阪に支店、その他小規模事業所を有し、平成五年四月一日現在の従業員数は約五〇〇で、コンピュータの管理運営代行業務、コンピュータ・ソフトウェアの開発・販売及び賃貸等を業としている。

名古屋支社内で原告が出向者として人選された理由は、当時の名古屋支社科学システム課は、その営業成績からみて直ちに人を動かす状況にはなかった一方、原告が所属する情報システム課はリストラを実施する必要があったこと、原告の担当していた開発業務や営業について原告には必ずしも適格性があるとは認められず、そのうえ不況による業務の減少から業績の悪化していた情報システム課に原告をそのまま在籍させておくわけにはいかなかったところ、出向先子会社から運用業務の要員について要請があったことからであった。

原告の出向先での業務は、システムの運用業務が予定されており、出向先での労働条件は、基本的に被告におけるものと全く同一であった。

(四) 原告は、名古屋市内に自宅を所有していることもあって当初出向に対して消極的な意向であったが、出向内示後、出向先会社シーアールシーシステム株式会社常務取締役福本日出男、同社大阪支店長阿部一郎の両名が被告名古屋支社を訪れ、原告に対し、出向先で原告が従事するシステム運用業務について説明を行うとともに、原告の自宅については伊藤忠燃料株式会社で社宅として利用してもらえるように斡旋できることを原告に伝えるなどし(福本常務は伊藤忠燃料株式会社人事部に在籍していたことがあり、その関係でこの斡旋ができる立場にあった)したことから、原告も、名古屋の自宅から大阪への新幹線通勤を希望するなど一旦は出向に応ずる姿勢を示した。

しかし、結局出向先で原告の担当することが予定されていたシステムの運用業務の性質上システムにトラブルがあった場合即刻出社する必要があるため新幹線通勤は不可能であることが判明したことから、後日シーアールシーシステム株式会社から原告に対しその旨の連絡がなされた。

(五) 新幹線通勤ができないことを告げられた原告は、平成五年九月一二日ころ、板野支社長に対し、シーアールシーシステム株式会社への出向を拒否する旨を申し出た。

板野支社長は、原告に対し、出向命令を拒否すれば懲戒解雇になることを暗にほのめかして原告に翻意を促し、また原告のかつての上司であった山口敬三被告西日本支社情報システム部長が原告を訪れて重ねて出向に応ずるよう説得したが、原告は退職の意思を撒回しなかった。

原告の退職の意思が固いことを知った鈴木達男課長は、同年九月二二日ころ、原告に対し、同年一〇月一日付で同月末日の退職届を提出するよう指示し、原告は、この指示に従って退職理由を一身上の都合と記載した退職届を作成して被告宛提出した。

2  被告の就業規則第一四条には、「会社は従業員に対し他の会社または団体に出向または派遣して勤務をさせることがある」と規定されており(書証略)、被告の従業員は、特段の事情がない限り、被告からの出向命令に従うべき義務を負っているものと認められるところ、以上の認定事実によれば、原告に対する出向の内示には首肯するに足りる目的と必要性が認められ、その手続についても特に瑕疵の存在を認めるには足りないこと、原告が名古屋市内に自宅を所有するということだけで、名古屋から新幹線で一時間余りの距離にある大阪への赴任を拒否できる理由とはなり得ないというべきであることから、その内示どおりの出向命令が被告から発令された場合には、原告としてはこれに従うべき義務があったというべきである。

そして、規程にいう「会社の勧奨により退職する場合」とは、被告がその従業員に対し、解雇という手段を選ばず任意に自ら退職するようその決意を固めさせる目的をもって退職を勧め、その結果従業員がこれに応じて退職する場合を指すものと解すべきところ、前記認定事実に照らすと、被告としてはあくまでも原告に対してシーアールシーシステム株式会社への出向を求めたのであって、原告に不合理な出向を強要して任意退職に追い込む目的があったものとは認め難いというべきである。

被告の板野支社長が原告に対し、出向命令を拒否すれば懲戒解雇になることを暗にほのめかしたことは前記認定のとおりであるが、これは原告に対する出向命令に合理性が認められる以上、これを原告が拒否すれば業務命令拒否を理由とする懲戒解雇処分が当然に予測され原告にとっては最悪の事態となることから、原告の上司として将来予測される事態を原告に的確に認識させ原告に出向に応ずるよう翻意を促すためになされたものであるというべきであり、出向を口実として原告に退職を強要したとする原告の主張は採用することができない。

3  そうすると、本件退職は被告の勧奨による退職ではなく、原告自らの都合により退職の道を選んだものというべきであるから、その退職金額は一七八万六六九〇円なるが、その金額が既に被告から支払ずみであることは前記説示のとおりである。

したがって、本件退職が被告の勧奨による退職であることを理由とする原告の本訴請求はすべて理由がない。

二  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 潮見直之)

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